モッズやパンクス、カジュアルズなど、熱狂的ユースカルチャーを生み出してきた文化情報発信都市ロンドン。大英帝国時代から脈々と続く厳かな階級社会が息づくこの街では、アメリカからカウンターカルチャーとして輸入されたスケートボードが独自の都市性をもって発展していく。

※第1弾はコチラ→「変革を繰り返すスケートシーンに現れた”NYスモール”という息吹」

 

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1986年、この年がロンドンのスケートボード元年といえる。なぜなら、スケートボードが他のユースカルチャーと融合し、輸入文化としてではなくロンドン特有の文化として成熟を始めた年だからだ。同年に創刊されたのが、ロンドンスケーターのバイブルとなった専門誌『RAD(READ AND DESTROY)』。もともとはBMXの専門誌だったが、編集長のティム・レイトンボイスが当時ティーンからの支持が高まっていたスケートボードに目を付け、リニューアルを敢行した。

ここで注目すべきは、その後のテクノシーンを中心に世界中のストリートを席巻した名ブランド「アナーキックアジャストメント」のデザイナー、ニック・フィリップが、『RAD』の編集部でエディトリアルデザイナーをしていたという興味深い事実だ。当時のスケートシーンは、ロンドンで際立っていた才能を集結させるだけの力を宿していたのだろう。

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もう1誌、ロンドンのスケートシーンを盛り上げるのに一役買った雑誌がある。それがスケートジャーナリストとして知られていたケヴィン・ヒルズとヴァーノン・アダムスが手がけた『スケートボーディング・イズ・ノット・ア・デッド』だ。この2誌が起爆剤となり、ロンドンのスケートシーンは花開くこととなる。

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文化が発展する上でシーンに必要となるのは、情報と人が集まるスポットだ。その役目を果たしたのが、サンフランシスコの「FTC」とともに、世界で最も人気の高いスケートショップとして知られている「スラムシティースケーツ」だった。

その設立は1986年。ロンドンスケートシーンのボス的存在だったポール・サンマンが、インディー・ミュージックの拠点であったレコード店「ラフトレード」の地下に、この伝説的なショップをオープンさせた。サンマンが創業の地にこの場所を選んだのは、決して偶然ではない。当時、ロンドンで唯一『スラッシャーマガジン』を取り扱い、アメリカのスケーターたちがこぞって聴いていたスラッシュ系のレコードをフルラインナップしていたのが、何を隠そう「ラフトレード」だったのだ。サンマンは、ロンドンのスケートシーンをカルチャーと深く融合したものにしたいという意図を抱いていたのだろう。ちなみにショップを開店させるための資金は、「ラフトレード」のオーナーだったナイジェルと協同で出資している。


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「スラムシティースケーツ」では、ロンドンの独自文化とスケートシーンを象徴するオリジナルブランドを作ろうと知恵を絞った。そこで誕生したのが、今でもコアなファンの間でオリジナル品が高値で取引されている伝説のブランド「インセイン」だ。デザイナーを務めたのは、自身もスケーターだったジェド・ウェルズ。ぬいぐるみのような動物をモチーフにしたポップなグラフィックは、海を渡り日本でも大流行し、かの藤原ヒロシ氏も愛用していたことで知られる。アメリカのポップアートはロンドンのストリート上でよりファンシーに解釈され、洗練された進化を遂げたのだった。

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こうしてできたロンドンスケートシーン、ひいてはロンドンストリートシーンのコアを確立した「スラムシティースケーツ」は、時代が経つにつれて、そのエッセンスを受け続く子どもたちを続々と生み出していった。今回はその代表的なブランドを紹介しつつ、テキストを締めくくろう。

 

Holmes
ホームズ

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「スラムシティースケーツ」のスタッフだったソフィーが設立したブランド。Tシャツやフーディーにグラフィックをプリントするだけの「スラムシティースケーツ」時代の洋服作りから歩を進め、より本格的なアパレルを展開した。現在は存在していないが「サイラス」の原型となったことで知られている。お洒落なスケーターに愛用者が多かったことでも有名。

 

SILAS
サイラス
http://www.silasandmaria.com/

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「ホームズ」を手がけていたソフィーと、古くから「ラフトレード」や「スラムシティースケーツ」で働いていたラッセルが、1998年にイースト・ロンドンで設立。スケートボードをバックボーンにしながらも、トラディショナルなブリティッシュスタイルを踏襲した服創りを行っている。「洋服は着る人のライフスタイルを重視した独自の着こなしが大切」というのがブランドのポリシー。

 

Heroin Skateboard
ヘロイン・スケートボード
http://www.heroinskateboarding.com/

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マーク・フォスターが1999年に立ち上げた「ヘロイン・スケートボード」。「スラムシティースケーツ」とはフレンド関係にあることで知られ、UKのクラブカルチャーシーンに多大な影響を与えた音楽レーベル「モーワックス」のグラフィックを手がけたジェームス・ジャービスがグラフィックを手がけたことでも有名。もちろん、「モーワックス」も「ラフトレード」を介して、「スラムシティースケーツ」とも繋がっている。

 

 UKストリートカルチャーの正統後継者

Palace
パレス
http://www.palaceskateboards.com/

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こうしたUKシーンの流れの中で、いま現在、最新型としてその魅力を発信しているのが「パレス」だ。カジュアルズをはじめとするUKの伝統的なストリートカルチャーのエッセンスを取り入れながらも懐古主義に陥ることなく、洗練されたプロダクトとしてリリースしている。たとえば、それはアディダスとのコラボレートにより製作されたジャージーウエアなどに集約されている。スポーツアイテムをファッションシーンで復活させた功績も大きいといえるだろう。

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