第1回:’70~’80年代第3回:’00年代以降

イノベーションを繰り返す激動のスニーカー史から“本物の個性”を探るシリーズの第2回目(第1回はこちら)。続いて紹介するのは、数々のハイテクスニーカーが誕生した「’90年代」です。日本でも空前のスニーカーブームが到来し、ストリートファッションという新しいカテゴリーが誕生した時代でもあります。果たして、東京屈指のスニーカーショップ『atmos』はどんなエポックメイキング・モデルを厳選してくれたのでしょうか?

進化するテクノロジーとクールな広告展開が紡いだ黄金期

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’90年代はスニーカー史の中で“黄金時代”と呼ぶにふさわしい躍進を遂げた時代です。いかに画期的なテクノロジーをスニーカーに搭載できるかが開発の鍵となり、同時にそれが他社との差別化を図る上で欠かせない戦略になっていきます。それはまさにテクノロジーのせめぎ合い。そうした環境で磨かれたモデルが、いまだ魅力の色あせることのないナイキの『AIR MAX』やリーボックの『INSTAPUMP FURY』、プーマの『DISC BLAZE』といった名作たちです。

そして、この時代に圧倒的な人気を獲得したナイキが、その地位を固めるために利用した広告展開も時代を象徴するものでした。当時のスニーカーの熱烈な消費者層であったジェネレーションY(1976〜86年生れ)が支持するMTV文化に注目したナイキは、まるでミュージックビデオのような演出をしたCMやビルの壁面を使った斬新な宣伝を行い、彼らの心をつかみます。映画監督のスパイク・リーが手がけたCM映像や、ワイデン+ケネディの創業者として知られるダン・ワイデン氏が生んだ名コピー「JUST DO IT」はその代表例。そうしたイメージ戦略によりストーリー性を帯びることとなったスニーカーは、履く人の個性やスタイルを象徴するアイテムへと進化しました。

NIKE SPORTSWEAR
NIKE AIR MAX 90
1990年

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1987年に初めてビジブルエアを搭載したランニングモデルとして誕生した『AIR MAX』シリーズの中で、いまなおダントツの人気を誇る一足。『AIR MAX III』の名でも親しまれる名作です。

初代モデルを超えるイノベーションを起こすために工夫されたのは、カプセル内の不活性ガスの増量。シューホールガードやヒールパッチに使われたTPUパーツは、この時代を象徴する素材でもありました。『AIR JORDAN』シリーズと並び、ナイキとストリートファッションを強く結びつけるきっかけを作ったモデルでもあります。

特に「インフラレッド」の愛称で人気を博したオリジナルカラーはスニーカー史に伝説を残すもの。生誕25周年を迎えた昨年に復刻され、スニーカーフリークの間でも話題となりました。

asics
GEL-LYTE III
1990年

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アッパー部分に当時の最新テクノロジーである「スプリットタン」を搭載することで、足の甲にかかる負荷を軽減。耐久性と衝撃吸収性に優れた「GELユニット」を搭載した成型ミッドソールを採用することで、クッショニング性も劇的に向上させました。長距離ランナー向けの超軽量シューズとして、金字塔を打ち立てた名作といわれています。’90年代初頭から注目されはじめた“フィット感”という新しい価値感にいち早く順応したモデルでもありました。

また、スニーカーがストリートシーンのキーアイテムとして注目されて以降、海外の有名スニーカーショップでの再評価が高まり、かなりの数の別注モデルがリリースされているのも特徴。豊富なカラーバリエーションもスニーカーフリークたちのコレクション心をくすぐっています。

PUMA
DISC BLAZE
1993年

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アッパー部分にシューレースではなく、ダイヤル式の独自機構「ディスククロジャーシステム」を搭載したことが、あまりに画期的だった一足。ディスクを回して足にフィットさせるというコンセプト自体が革新的で、当時のスニーカーシーンに大変な衝撃を与えました。その後、『INSTAPUMP FURY』『AIR MAX 95』と続く、’90年代のハイテクスニーカーブームを巻き起こすきっかけを作ったモデルでもあります。

また、プーマが誇るランニングシューズのクッショニング・テクノロジー「トライノミック」を搭載したアイコンモデルでもあり、ハニカム状の構造を形作るラバーがランニング時に要求される3つの条件(1.高度なショック吸収性とパワーレスポンス能力、2.優れたスタビリティ、3.ハイレベルな柔軟性)を高水準で満たしていた点も見逃せません。

Reebok CLASSIC
INSTAPUMP FURY
1994年

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圧縮炭酸ガスを注入するポンプチェンバーをアッパーに導入することで、シューレースがなくても足にフィットさせることができる「ザ・ポンプ・テクノロジー」とその独創的なフォルムによりスニーカー史に名を刻んだ一足。ブラック×シトロン×レッドという鮮やかなカラーリングも画期的でした。

そして、’90年代に革新的な音楽を生み出していたビョークが愛用したモデルであることも、カルチャー的な側面からは見逃せない事実です。先進的なカルチャー誌『CUT』の表紙や自身の代表曲『Army Of Me』のミュージックビデオで着用したことで、ハイセンスなファッショニスタからも愛されることになりました。

NIKE SPORTSWEAR
NIKE AIR MAX 95
1995年

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’90年代に発売されたスニーカーで、誰もが知る人気を誇った史上屈指の名品。特に日本での人気は爆発的で、瞬く間にプレミア価格に高騰し、”エアマックス狩り”という言葉が生まれるほどの社会現象まで引き起こしました。スニーカーカルチャーが一般に普及するきっかけを作った一足です。

前足部まで「AIR」を敷くことに成功した画期的な一足であり、ヒール部の「AIR」にもブリッジが設けられ、270度の「Visible AIR」よりも安定感が向上しました。人間の背骨や肋骨、アキレス腱などからインスピレーションを得て開発したイノベーティブなデザインは、現在も色あせることがありません。

 

第1回:’70~’80年代

第3回:’00年代以降